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1948年生まれ。島根県出雲市出身。
電電公社(現NTT)に就職し、1970年、電電公社中国通信局データ通信部へ配転となり広島に転居、ここで被爆者の皆さんと出会い、反核平和運動に関わっていく。
1973年7月20日から始まった「核実験抗議の慰霊碑前座り込み」に最初から参加し、CTBT(包括的核実験禁止条約)が締結された1996年9月24日まで延べ500回続いたこの座り込みに400回以上参加した。
1981年に電電公社を退職、社青同広島地区本部専従、原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁)事務局次長、国会議員秘書、社民党広島県連合代表などを務め、2000年6月25日衆議院選挙の中国ブロック比例代表選挙で初当選。
2003年11月9日の衆議院選挙で惜敗。
最も大事にし、いつも念頭においている言葉は「いのちとうとし」。その言葉が金子哲夫の政策の根幹となっている。

主な役職:
社民党広島県連合代表
原水爆禁止広島県協議会(広島県原水禁) 常任理事
経歴 金子哲夫の略歴です。
家族
パートナー 邦子(NTT広島支店勤務)と二人暮らし
私の趣味−絵画などの収集−
これまでの歩み
社民党国会議員リレーエッセイ 金子哲夫 (社会新報より)
平和活動と金子哲夫 別項・いのちとうとしにまとめました。
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